わかろうとするためには、わかることを信じなければならない。
つまり、
第一教義
人間は、自然を「わかる」ことができる
この信念に従うことではじめて、自然をわかろうとする試みが生じてくる。
信念は脆い。その脆さに打ち勝つためには、論理も大切だ。論理的に示されることで、わかることをより強固に信じることができる。
人間が自然をわかることができる。ここには、いくつかの飛躍がある。
・自然という言葉の含む範囲
自然とは、自ずからそうあるもの(物質・挙動)。
・自然と人間との位置関係
・わかるという到達点の意味
人間が観測するものの範囲
そして、わかろうとする試みを継続するためには、わかった先に何が待ち受けているのかも明確でなくとも示す必要もある。