ラムネ

メンヘララムネをひとつまみ。

 

どうしようもなさそうな時に手を出す。定期的に服用している方々より、ラムネの有無を身体の反応として感じやすい。頭にベールがかかったようになって、気分があまり落ち込まないように感じる。そして、セロトニン症候群になって寒気や吐き気に苦しむことになる…

あまり酒で流し込まない方がいいらしいですね(今更)。

 

ちょっと元気なうちに日記でも書いておく。

テキストサイト時代、ブログ時代に、本当に見ず知らずの人たちの文章を読んで、共感したりヒントを得たり、単純に救われたり、そんなことがあった。View数も1日数十みたいな単位で有名じゃないものも多く、何にもならないかもしれない、その人のためだけに書かれた文章というのは、意外と他の誰かに影響を及ぼす。だって現実で出会う人たちって、厚みに違いはあれど、誰だってベールをまとって接しているじゃないですか。不特定多数の人に公開するということは、逆に誰も想像しないままに筆を進めることであって、インターネットで出会う文章の方が、赤裸々で、切羽詰まっていて、だからこそ感じるものが多いのだ。

不思議なもので、その感覚は過去の自分にだって感じられる。

連続した同一個体のはずなのにね。でも過去の自分が書いた文章は、今と同じところと違うところが入り混じっていて、他の人の文章を読むのとまた異なる感覚が得られる。確実に自分が書いたはずなのに、懐かしさの他に少しの驚きがあったりして、その時感じたそのままというのは何よりも尊い。壊れかけのメンタルを騙し騙し過ごしている状態になって、「今この時」のことしか考えられなくなったけれども、「今この時」を記録さえしておけば未来の自分(いるとすれば)が追体験することができる。いつかの自分が感じて、乗り越えた感情でしかないので、今の直接的なヒントになるなんてことはないけど、見つめ直すきっかけとなったり、あるいは他の人のブログのように読めさえする。億劫であったとしても、たとえ短くても、何かしらは残しておいた方がいい、そんなことを月に数度は感じている。

 

が、睡魔には勝てない。

ここから日記です。

昨日は久々に寝落ちをしてしまった。19時前くらい?に帰ってきて、軽く何かを食べて(メンタル壊れたので覚えていません)、気づけば24時手前?だったかな。体験も感じることも日によって少しずつ変わっていくはずなのに、昨日を振り返るとひたすら眠かったしか覚えていない。「4/20 一日中眠かった」はそれが年に1回とかの頻度であれば意味を成すのかもしれないが、週に5回それが続けばどうなのか。感情は押し殺した方が得をする環境だったと言い訳はあるが、それにしても日々、おそらく一瞬一瞬で感じていることを言語化できると良いなと、無い物ねだりをする毎日なのだった。